きてるぐまの日記

音ゲーとか自分が色々考えてることとか

健全な精神とリザルトは健全な肉体に宿る

ここ最近、なかなかゲームセンターに通えない日々が続きますが皆さんいかがお過ごしでしょうか。きてるぐま(DONKBASS)です。

 

ツイッターのタイムラインをのんびり見ていたら「音ゲーはうまくなることがすべて」という記事を見かけ、自分も自分なりに意見を発信してみようかなと思いました。

 

もちろんそういうことを考えること自体を否定はしないし、実際問題そういう側面もあると思います。ただ、その一言をどうとらえるのかが重要だと私は思うのです。

 

 

1.音ゲーの楽しさは単体で存在しているものではないよ

音ゲーとはどういうゲームでしょうか?

 

厳密な定義の話をするとキー音の話やらコナミ登録商標の話やらが出てきて大変なので、ここでは「リズムゲーム」と「音楽ゲーム」を一緒にして説明したいと思います。

 

音ゲーの楽しさは「自分が好きな曲/譜面」を「ノリノリでプレイする(楽曲に関与する)」ことができるうえに「点数によって上達が実感できる」ところにあると私は思っています。

 

この3つの要素が組み合わさることによって、音楽ゲームは独特な魅力を生み出しているのです。

 

この音楽ゲームの魅力をインドカレー屋さんでたとえてみると

 

「好きなコンテンツ」をチーズナン、「楽曲への自分の関与」をカレールー、「点数による上達の実感」をラッシーという風に置き換えることができます。

 

ここで皆さんに聞きたいのですが、カレーをルー単体で食べることがありますか?多分マジモンのデブ以外はそんなことないですよね。

 

チーズナンにカレールーを絡めて、チーズナンをおかわりして、おなかがパンパンになったところにラッシーを流し込む……

 

この一連のプロセスによって「インドカレー屋の満足感」は完成するのです。

 

確かにチーズナンだけで見たら、金谷ホテルのパンだとか、鎧塚さんのケーキだとか、単体でおいしいものはあるでしょうが、ムハンマドさんがオイシイ?オイシイ?って聞いてくるタイプのインドカレー屋さんにそれらは合わないでしょうね。

 

このように、音ゲー自体の魅力は単体では語れないところが多分にあると思います。そのため、私は「楽曲やギミックといった要素を分割して評価する」ということは短絡的であるとあえて断言します。1+1は200なんです。10倍だぞ10倍

 

2.音ゲーによる新たなコミュニティ形成のススメ

音ゲーの魅力はコンテンツが複雑に絡み合ってできているということは先述した通りなのですが、もう一つの魅力が「音ゲーマー」というコンテンツのファンの存在です。(※諸説あり)

 

もちろん気の合わない人、社会的にちょっとアレな人もいるとは思いますが、今回話題にしたいのは「音ゲー」以外に何も共通点がない人と付き合うことがよい影響もたらすということです。

 

自分と同じような価値観、趣味を持っている人間は、自分の所属しているコミュニティで簡単に見つけることができるでしょう。そのような人たちと時を過ごすのは、とても心地いいものですが、その中から自分の価値観を広げたり、多様性を認める耐性をつけたりすることは少し難しいのではないでしょうか。

 

音ゲーは、自分と職業も年齢も価値観も違う人と気軽に話をして、自分の中の世界を広げることができる貴重な機会を提供してくれるものだと思っています。

 

もちろんそこにトラブルもあるでしょうが、そのトラブルを乗り越えていく中で、価値観が合わない人とはどう接するのが角が立たないのか、気の合う友人をどういう風に大切にしていくのか、気軽に金は貸さないほうがいいとかなどという、トラブルに対する処世術を学ぶことも大事だと思います。

 

似たようなコンテンツに「グランブルーファンタジー」があると勝手に思ってます。(私はやっていませんが)

 

古戦場なるものの季節になると、騎空士と呼ばれる人々がある種悲壮な目をしながら17時間労働に励んでいるのが見れるかと思います。私の周りの騎空士たちは「古戦場はカス」「古戦場から逃げるな」などと弱音(?)を吐きながらも、自分ができる限り参加して頑張っているようです。

 

その騎空士たちが飲み会などを開いている際に、グラブル自体の話ももちろんするそうですが、その他の趣味の共有など、話題が多岐に上るようです。お互いの趣味がお互いを影響し、趣味の幅が広がったという話もよく聞くのです。

 

グラブル自体は「ポチポチゲー」と呼ばれるような、ブラウザ上でタップまたはクリックを繰り返し続けるようなゲームにはなっていますが、キャラクターの良さ、シナリオの良さに加えて、多種多様な「騎空士」同士の交流がグラブルをより魅力的にし、人気を支えているのではないかと私は思っています

3.終わりに

  • 音ゲーの魅力は単体では語れないこと
  • 音ゲーマーという交流、くくりが新たな人脈を作り出してくれること

この二点が今回の私のブログでもっとも言いたかったところです。

 

音ゲーの魅力がいろいろなところにあるように、音ゲーの楽しみ方も人それぞれです。

 

エンジョイという言葉の和訳が「楽しむ」であるように、あなたが音ゲーで何かを楽しんでいればあなたはエンジョイ勢でもあるのです。

 

逆に、エンジョイ勢だからとガチ勢を非難することは言語道断です。あなたに楽しみ方を制限されるいわれはどこにもないはずです。

 

最後に、私が尊敬するDJ SILENT氏の言葉を借りてこのブログを〆たいと思います。

”これ、ゲームっすよ(^_^;)”

 

知ったように楽器演奏でテンポを下げるのは楽をするためとか書いてんじゃねーぞ